「定価」はなぜ通用しなくなったのか?メーカーと安売り店の攻防史

カー用品のネット通販はなぜ安い?専門店との価格差の正体の記事で、「いまの商品価格は、メーカー希望小売価格かオープン価格の2種類」というお話をしました。

では、かつて当たり前にあった「定価」は、なぜ通用しなくなったのでしょうか。

私が実際に見てきた時代の話ではないので、資料を調べてまとめました。
そこにはメーカーと安売り店の30年にわたる攻防があり、これがなかなか面白いのでシェアさせてください。

「定価」の正体は、メーカー希望小売価格

かつて家電には「定価」がありました。もっとも、その法律上の正体は「メーカー希望小売価格」で、メーカーが「この価格で販売することが望ましい」として示す、本来はただの「参考価格」です。

というのも、日本では独占禁止法により、書籍や新聞など一部の例外を除いて、メーカーが販売店の価格を拘束すること(再販売価格維持行為)は原則として禁止されているからです。

参考:公正取引委員会|再販売価格維持行為

つまり、言葉のうえでは「定価」=「メーカー希望小売価格」で、本来はイコールのはずなのですが、この記事では便宜上、この2つを呼び分けます。

本来の「参考価格」を指すときは「メーカー希望小売価格」とし、メーカーが「守らせる価格」として運用していた実態を指すときは「定価」と呼びます。

この記事で描くのは、後者が通用しなくなっていく物語です。

それでもメーカーは、この「定価」を事実上守らせようとしており、そこには、メーカー側なりの論理がありました。

メーカーの言い分と、消費者の言い分

松下電器の創業者・松下幸之助は「適正利潤の確保」を重視する経営者でした。

当時の家電は、メーカー系列の販売店(ナショナルショップなど)が販売からアフターサービスまで担う仕組みで成り立っており、価格が崩れれば系列店の経営が立ちゆかなくなり、修理や相談といったサービスの担い手も失われる。メーカーにはそういう考えがあったのです。

「この価格には、商品代金だけでなく、販売店が地域で面倒を見続けるためのコストも含まれている」という、経営会計でいうABC(活動基準原価計算)の発想です。

ただし、ここで注意が必要です。

これはあくまでメーカー側の論理であって、社会全体で共有された「定価の定義」ではありませんでした。

そして先ほど触れたとおり、メーカーが小売店に販売価格を守らせる行為(再販売価格の拘束)は、独占禁止法で原則禁止されています。実際、この論理は早くから挑戦を受けます。

1964年、「価格破壊」を掲げるダイエーが松下製品を許容範囲を超える2割引で売ろうとすると、松下は出荷停止で対抗。ダイエーは独禁法違反だとして法的に争い、両社の対立は幸之助没後の1994年の和解まで30年続きました。

この間、公正取引委員会は1966年に松下を含む家電大手6社へテレビ価格の共同決定について排除勧告を出し、翌67年には松下単独にも、値引き店への出荷規制などが「ヤミ再販」にあたるとして勧告を出しています。

松下は当初これを拒否し、それによって消費者による松下製品の不買運動まで起きて、1971年にようやく受け入れました。

つまり当時の社会から見た「定価維持」は、「親心」というより「消費者が安く買う自由を奪う仕組み」と受け止められる面が強かったのです。

メーカーの言い分(適正利潤・サービス維持)と、消費者の言い分(価格決定権は消費者にある、というダイエー創業者・中内功の信念)が、真っ向からぶつかっていました。

「定価の50%OFF!」|二重価格表示の時代

流れが大きく変わるのは1980年代中頃です。

家電量販店やカメラ量販店が急増し、「3割4割引は当たり前」という値引き競争が激化しました。

ここで問題になったのが「二重価格表示」です。

定価1万円の商品を、どの店でも実質5,000円前後で売っているのに、「定価の50%OFF!」と表示すれば、消費者は「この店は特別に安い」と錯覚します。定価はもはや誰も払わない「見せかけの高値」となり、割引率を演出するための道具に変わっていました。

公正取引委員会はこれを問題視し、実売価格と大きくかけ離れた希望小売価格を比較対象に使う表示を「不当な二重価格表示」とみなす考え方を打ち出しました。実態と乖離した希望小売価格を掲げ続けること自体が、消費者を惑わせると判断されたのです。

そして「オープン価格」へ

こうしてメーカーは、希望小売価格をつけること自体をやめていきます。

これが「オープン価格」であり、価格は販売店が自分で決める、という制度です。
ただし、これはどこか一社の劇的な宣言で始まったものではありません。オープン価格という考え方自体は1970年前後から存在し、1990年頃からまず値崩れの激しい製品(生産終了品など)に適用が広がり、2000年頃までにほとんどの家電が移行する、という段階的なプロセスでした。

こうして、「守らせる価格」としての定価は家電売場から消えました。

メーカー希望小売価格という仕組みそのものは今も残っていますが、それはもう「守らせる価格」ではなく、本来の「参考価格」に戻っています。

もっとも、物語には後日談があります。

価格決定権を完全に手放したメーカー側では近年、揺り戻しが起きています。
その中心が、かつて誰よりも価格維持にこだわった松下電器の後身・パナソニック。一部商品でメーカーが販売価格を決める「指定価格制度」を導入したのです(例えば、ドラム式洗濯乾燥機など)。

適正な価格でなければ、良い製品もサービスも維持できない。

60年前の幸之助の主張が、形を変えて現代に蘇っているとも言えるのです。

こうして「定価からいくら引くか」という引き算の時代は終わり、いまは「仕入れ原価に何を乗せるか」という足し算の時代になりました。

調べ終えた時に私が思ったこと

当時のやり方が法に触れたのは事実ですし、消費者の反発ももっともだと思います。

それでも、「この価格には、売ったあとも面倒を見続けるためのコストが入っている」と言い切って、悪者になってでもそれを守ろうとした考え方そのものには、規模はまったく違いますが、同じ商売をする人間として胸が熱くなるものがあります。

でも、一消費者としては、ドラム式洗濯乾燥機、高くて手が出せないんですよね…。欲しいんだけどなぁ。

現在の価格の仕組みと、専門店とネット通販の価格差の中身については、カー用品のネット通販はなぜ安い?専門店との価格差の正体で解説しています。

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